【解説】心理学におけるエビデンスベースドプラクティスとは?
投稿日:2024年5月27日 / 最終更新日:2024年9月5日
エビデンスベースドプラクティスにおけるエビデンスの階層は、研究の設計に基づいて科学的根拠の強さを評価するための枠組みです。
そして、医療分野から始まったエビデンスベースド(科学的根拠に基づく支援)は、今では心理学、福祉、教育、マネジメント、コーチング、カウンセリング、スポーツの分野など垣根を超えて推奨されています。
エビデンスの質の階層
上の図は、エビデンスの質を階層化したものです。
この階層システムを理解することは、エビデンスに基づく医療や臨床決定を行う際に非常に重要です。
それぞれの研究デザインの強みと限界を把握し、適切なエビデンスを選択することが求められます。
階層は、エビデンスベースドプラクティスにおいて、どのタイプの研究が最も信頼性が高いかを判断するための指針として機能します。
より高位のエビデンスほど、その結論の信頼性が高いと評価されます。
最も信頼性が高いものから順に説明します。
メタアナリシス
メタアナリシスは、複数の研究結果を統計的に合成する方法です。
特に無作為化比較試験(RCT)のメタアナリシスは、エビデンスの階層で最上位に位置づけられます。
これにより、単一の研究よりも一般化可能性と信頼性の高い結論を導くことができます。
無作為比較化実験(RCT)
無作為比較化実験(RCT)は、参加者を無作為に介入群とコントロール群に割り当てる実験デザインです。
介入の効果を検証するためのゴールドスタンダードとされ、偏りを最小限に抑えることができます。
非無作為比較化実験
非無作為比較化実験は、RCTではない介入研究です。
参加者の割り当てに無作為性がないため、RCTよりもバイアスが生じやすく、エビデンスとしては一段階低く評価されます。
コホート研究や症例対照研究
コホート研究は特定の集団を追跡調査することで、特定の介入や曝露が結果に与える影響を観察します。
症例対照研究は、特定の状態や疾患を持つ個体群(症例群)と持たない個体群(対照群)を比較します。
これらの研究デザインでは、因果関係を推定する力はRCTよりも低いですが、希少な疾患や長期間にわたる影響を調査する際に有効です。
事例研究
事例研究は、個々の症例に焦点を当てた詳細な記述を行います。
これによって得られる情報は豊富ですが、科学的証拠としては一般化や再現性が限られるためエビデンスとしては低い評価を受けます。
専門家の意見
専門家の意見や経験則は、研究に基づく証拠が不足している場合の判断材料として用いられることがあります。
しかし、主観に基づくため、エビデンスの階層では最も低い位置にあります。
エビデンスベースドプラクティスの始まり
エビデンスベースドプラクティス(EBP)の概念は、医療分野において1990年代初頭に形成され始めたものです。
EBPは、患者のケアにおいて最も効果的で安全な治療方法を選択するために、最良の利用可能な科学的証拠に基づく医療の実践を意味します。
エビデンスベースドプラクティスの起源
エビデンスベースドプラクティス(EBP)の起源は、医療分野の「エビデンスベースドメディスン(EBM)」が始まりです。
アーキビデス・クオコ(Archibald Cochrane)は、1972年に発表した『Cochrane Collaboration』という書籍で、医療介入に対する厳格な評価の必要性を訴えました。
この考え方は、「無作為比較化実験(RCT)」に基づく医療介入の効果に関する証拠を重視することから発展しました。
1990年代に入ると、特にゴードン・ガイアット(Gordon Guyatt)らによって、このアプローチは「エビデンスベースドメディスン(EBM)」として具体的な形で提唱され始め、医療現場での意思決定において科学的証拠を重視する動きが加速しました。
心理学におけるエビデンスベースドプラクティス
心理学分野では、この医療でのEBMの概念が拡張され、心理学的介入にも同様の原則が適用されるようになりました。
2006年にアメリカ心理学会(APA)はEBPを、「クライエントの特性、文化、選好に照らし最善の利用可能な研究成果を臨床スキルと統合すること」と定義しました。
これにより、心理学の分野においても科学的証拠と臨床的洞察を組み合わせたアプローチが強調されるようになったのです。
すべてのアプローチがエビデンス通りにはならない
今、組織内の問題として、働く者がメンタル不調を起こすことが問題になっています。
そして、メンタル不調を起こす問題は低年齢化し、大きな社会問題になっています。
ですから、誰かとコミュニケーションをする上ではエビデンスにもとづいたアプローチをすることが求められます。
しかし、常にエビデンスに基づく介入は不可能です。
エビデンスベースドプラクティスの目的は、可能な限り科学的証拠に基づいて相手と関わり支援することです。
エビデンスの不足
特定の介入やアプローチに対する研究が不足していることがあります。
このため、私たちは利用可能な最善のエビデンスを基にアプローチしたくても、その研究が限られている場合があります。
個別化の必要性
相手の個々のニーズ、文化的背景、個人的な選好に適応するため、最低でもこれらの標準的なエビデンスベースの介入が必要です。
これは、一人ひとりに合わせて意思疎通をはかるコミュニケーションの基本原則です。
新しいアプローチの開発
新しい治療法やアプローチは、広く受け入れられる前に、十分なエビデンスを確立する必要があります。
この過程で、初期の段階ではエビデンスが不完全ながらも、試みが行われることがあります。
複雑なケース
特に複雑な人間関係や仕事とプライベートの多重の問題を持つ相手の場合、標準的なエビデンスベースのアプローチだけでは十分でないことがあります。
このような場合、私たちは複数のアプローチを組み合わせるなどして革新的な方法を試みる必要があります。
しかし、エビデンスのあるアプローチの知識を持つ者が少なすぎるため、複雑なケースがそのままになるケースが少なくありません。
エビデンスと経験のバランス
まわりと関わる実践は、科学的根拠だけでなく経験と相手からのフィードバックをもとに行われます。
これらの要素を適切にバランスさせることが効果的にアプローチするために重要です。
エビデンスが無視される日本での無資格者の心理学の現状
日本において無資格者による心理学の実践は、エビデンスベースドプラクティスの理念とは異なる問題を含んでいます。
日本では、コーチング、マネジメントにおける関わり方、心理カウンセリングや心理療法に対する法的な資格制度が完全に確立されていないため、資格を持たない人々もコーチング、カウンセリングや心理療法活動を行うことができます。
このような状況は、以下のような問題を引き起こす可能性があります。
質の保証が困難
専門的な訓練や資格を有しない者が心理支援を提供する場合、そのサービスの質や安全性を保証することが難しくなります。
これにより、相手にとって必要な支援が提供されないか、場合によっては有害な結果を招くこともあり得ます。
エビデンスの不足、エビデンスに基づかない実践
無資格者はしばしば、科学的根拠に基づく研修や教育を受けていないため、その介入がエビデンスに基づいていない可能性が高まります。
これは、非効率的あるいは誤った治療法が用いられるリスクを高めます。
専門家間の連携の欠如
資格がないために、他の医療専門家や正式な心理学者との間で適切な連携が行われないことがあります。
これにより、クライエントの総合的な治療計画において重要な情報の共有が欠けることがあります。
一般的な誤解
無資格者が提供する心理支援サービスに対する認識が曖昧になり、本当に支援が必要な人に質の高い支援が提供されるのが難しくなることがあります。
これにより、専門家による正規の心理療法の価値が低下する可能性もあります。
まとめ
心理学におけるエビデンスベースドプラクティス(EBP)について解説しました。
医療分野から始まったエビデンスベースド(科学的根拠に基づく支援)の取り組みは今、垣根を超えて推奨されています。
エビデンスベースドプラクティス(EBP)は、可能な限り「科学的根拠」に基づいて相手と関わり支援することを目的としています。
日本では、無資格者による心理学の実践によってさまざまな問題が起こる恐れがあります。
それらに対処するため、コーチ、心理カウンセラーや心理療法士の資格制度を整備し、その活動を規制する動きもあり、臨床心理士や公認心理師など、特定の資格が導入されており、専門的な知識と技能を持った専門家によるサービスが推奨されています。
また、一般の人々が質の高い心理支援を見分けるための情報提供や啓発活動も重要とされています。