
齋藤 浩記
職業 精神科医
すべての関係性の背後にコミュニケーションの力が
コミュニケーション心理学を学ぼうと思ったきっかけは何ですか?
診療に臨みながら自身の在り方や患者さんやスタッフとの関係をより良いものにするために修得できるものは何か?と試行錯誤をしていたのですが、そのなかでコミュニケーション心理学を知り、まず飛び込んでみようと思いました。 きっかけとしては、大きく分けると3つあります。ひとつは経営者として、二つめは医師として、三つめは家庭に関してです。
まずは「経営者として」だったんですね。
自分は病院と診療所の経営者です。スタッフに目的意識を持ってもらい、心をひとつにしていかないと目標が達成できないので、相手の心を動かしたい、と思ったんです。
働く側は「給料をもらえさえすればいい」、経営側は「儲かればいい」というのではなく、一体となって病院を作り上げていきたいんですね。
経営者として目指しているのは、労使一体にすること。ここでは論じ切れませんがもう少し大きな意味合いを込めるとすれば共存共栄。これが経営者にとってもスタッフにとっても患者さんにとっても地域社会にとってもプラスになる。それがモデルとなって、社会全体に発信しながら貢献できればと思っているんです。そのためには、コミュニケーションのスキルがとても重要です。
なるほど。そして「医師として」というのは?
精神科医としては、薬に加えて、コミュニケーションの質が向上することでより病状がよくなり、人生が豊かになっていくだろうと思っているんです。
患者さんの病状変化の背景には、コミュニケーションの質の善悪も重要な要素として存在していると考えています。患者さん本人の生活に焦点を当てれば親子関係、夫婦関係、友人・知人関係などの間のコミュニケーションですね。そして、医師や看護師やその他のスタッフとの間のコミュニケーションも大切です。更には、医療従事者同士のチームワークも影響を与えることがあるので重要です。
実際に診療に当っていると、うつ病等の気分障害や不安障害は無論のこと、神経症的な疾患や発達障害や認知症等、更には統合失調症のような薬物治療の影響が極めて大きい疾患に於いても病状変化の背景にはコミュニケーションの課題が存在する事が多いと思います。
私自身、そういった事を実感していながらも医師として患者さんやスタッフ等と一方通行の関係に陥りやすい傾向があると思ったので、コミュニケーションの質という点に於いて、何らかの方向性を見出したかったんです。
そして、「家庭に関して」なんですね。
自分自身、身内でのトラブルに直面し大変な思いをしたことがあります。振り返ると、9割以上がコミュニケーションの問題ではないかと思うんです。
よくコミュニケーションで「マップ」といいますね。自分の価値観のようなものです。お互いがお互いのマップでしか見ていないから、それぞれが「どうしてそうなるの?“普通”はこうなのに」と思ってしまう。「普通」というのはその人にとっての「普通」でしかないのに、その人のマップの中で判断しています。それで、心の底から憎んでいるわけではないのに、ひどくこじれてしまったような気がするんです。
家庭が和やかであることは、夫婦にとっても子供にとっても重要ですよね。家庭は社会の仕組みの最小単位。一家和楽の家庭を築くことは、すべての人と本当の意味で心の通ったコミュニケーションを築くうえで重要ではないかと思うんです。
コミュニケーションを学んで見えてきた自分自身のマップ
実際にコミュニケーション心理学を学んだことで、何か変化はありましたか?
ありますね。沢山あります。結局僕自身も自分のマップでしかものを見ていない事が多いと気づいたんです。患者さんに対しても、「患者さんとして」しか見ていなかったかもしれません。相手の立場に立ちましょう、とは言うけれど、頭ではわかっていても、実際にどうやってするのか。
コミュニケーション心理学を学んで、一人ひとりにそれぞれのマップがあるんだと、見えなかったものが見えてきたと思います。そして実際に、患者さんとの治療関係やスタッフとのチームワークも以前よりよくなった気がします。
相手の心の扉を開ける?
ふだんから僕も患者さんの話をよく聞くように心がけているんです。ただ、思ったほど真の意味で焦点化できていなかったのかもしれません。
コミュニケーション心理学を学んで、よりいっそう集中力が高まり、患者さんのキャリブレーションを常にしています。相手の非言語メッセージをどうとらえるか、より明確になったのかもしれません。
相手は今こんなふうに感じてるんだ、と観察されるんですね。
そうすると、相手が自分で答えを見つけてくるようになることもよく見られるようになりました。患者さんからぽんと答えが出てくることが多くなったんです。
そして今度は、医師という立場から薬を有効に使いながら、患者さんに自分自身の問題に気づいてもらう。それができると今は思っています。自分でも、以前より診療そのものに厚みが出たと感じています。
病院の雰囲気も変わってくるでしょうね。
医師ですから、薬の処方ができなくてはいけません。最新の治療法にも目を向けなければなりません。常に勉強です。また、書類作成から関係者と打ち合わせ、緊急時の対応等もあります。そして、当然ながら治療の最終責任は医師がとります。更に私の場合は理事長としての業務が常にあります。そういった、ともすると自分の発する言葉に無頓着になりがちな程多忙な日々の業務の中にあって、相手がたとえどんな症状の重い患者さんでも、或いは何ら問題を抱えていないスタッフであったとしても、たとえワンフレーズであっても声をどうかけてあげるか、すごく大事なんですよ。
「何を伝えるかよりも、どう伝えるか」
これは本当に痛感します。スタッフに対してもそうですが患者さんに関して言えば、とくに具合の悪い患者さんは、言葉や表情に反応しやすいんです。ぞんざいな言い方をされると途端に具合が悪化するので、やさしく伝える必要があります。
実は最近まで、精神科救急の病院で研修を受けていたのですが、そちらを私の経営者としての事情で早く退職することになってしまいました。そこは院長が日本の精神科救急の第一人者の一人で他の医師もスタッフも超多忙な業務をしなやかに行っており、加えて熱心な上に温厚な人柄の方が多く、非常に貴重な体験でした。
既に経営者として独立してしまっている私にとっては受け入れてくれたこと自体でも有難かったのですが、仲間として認識してくれて送別会も盛大に行ってくれました。その際にその素晴らしいスタッフの一人が「先生とはもう少し仕事をしたかったです」と言ってくれました。
「先生と仕事をしていると、その患者さんがこれからどう羽ばたいて行くのか楽しみになる。だからもう少し一緒に仕事をしたかった」と言われたんです。酒の席でしたがすごくうれしかったですね。未だにその何ともいえない熱い感じを想い出す事が出来ます。
患者さんの問題点ばかり見るのではなく、患者さんができることは何なのか、常によいところを見ていくようにする。そういう視点でアプローチし、常に未来の可能性を追求することの大切さを、コミュニケーションを学んでよりいっそう強く感じられました。
同じ経営者として受講生から刺激を受けて
齋藤さんが当協会を選んで受けてみた感想はいかがですか?
いろんな業界の経営者がたくさん受けに来ていることは魅力ですね。さまざまな分野の経営者である受講生と親しくなって、経営面でたくさんの気づきがありました。また、ピーター・F・ドラッカーの著書、読んでみようと考えていたのですが、椎名代表は身に染み込ませている方ということですから貴重な出会いになりました。そして何と言っても全国で授業の振り替えができるのはありがたかったです。
医師の仕事が忙しくて1年くらい来られなかったのですが、協会がそれに対応してくれたことも助かりました。更に、とってもアットホームな雰囲気で自分自身の理念と共通する部分があるので毎回成長を刻めており、ちょっと大げさな言い方かもしれませんが、“人生の貴重な時間を共有している”、という感すら覚えることがあります。
今後、どんな夢がありますか?
トレーナーとなって、コミュニケーションの良さを伝え、学ぶ人をさらに増やしていきたい。そして、コミュニケーションのスキルを現場で活用できたら、素晴らしい医療を提供できるんじゃないかと考えています。さらにスタッフ、家族とのコミュニケーションにも活用して、より豊かな関係性を作っていきたいですね。家庭、職場、業界、社会という4つは、本質的に同じだと思うんです。
コミュニケーションの質の向上によって一人ひとりの関係性から組織自体がリソースに満ちた状態になる。さらに将来に向って限りない発展を続けていく、そんなモデルができれば、まず社会に平和が生まれ、日本、世界にも広がるのでは……。そうなれば素晴らしいなと思います。
プロフィール

齋藤 浩記
医療法人 共生会 北海道・川湯の森病院、埼玉・さいとうクリニック 理事長。